日本語教師とは(2)マグロはトロか赤身か問題
2021年8月9日
広島 三原と世界を結ぶ日本語学校ファンド
台風一過。皆様お住いの地域に被害はございませんでしたでしょうか。
幸い、学校周辺は大丈夫だったようです。
さて、先日、日本語教師という資格はないという話を書かせていただきました。
現在、文化庁が資格を創設しようと準備しています。
その中で、活動分野として日本国内に「生活者としての外国人」「留学生」「日本語指導が必要な児童生徒等」「就労を希望する在留外国人」「難民等」の5つつが教える対象者として想定されています。
「今!?」というのが、私の正直な感想です。
というのも、わたしと日本語教育との関かわりが、大学院生だったころに留学生からレポートや発表のヘルプを依頼されたことがきっかけだったからです。
もう20年近く前です。
なぜ、日本語教育を専攻していない私に留学生たちが相談に来たか。
それは彼らが抱える問題が日本語ではなかったからです。
一つだけ例をあげます。
ある留学生が「わたしは日本に来てマグロの刺身をはじめて食べました。とても美味しくて驚きました。いろいろな部位があることにも驚きました。私はもちろん赤身が大好きです。」と発表したとき、ある日本人学生が「あなたは<もちろん>の使い方を間違えていますよ」と指摘しました。
私はその日本人学生に言いました。「あなたは日本人の価値観を押し付けていませんか?彼らの国では、肉も魚も脂身が嫌われていることが前提になっているのではありませんか?」と。
そんなことが続いて、わたしは留学生の相談を受けるようになり、そして海外の大学で教えようと思ったのです。
私が応募した大学では、「日本語は韓国人の教授陣が教える。日本人教師は学生に運用させることを旨とする」という役割分担がはっきりできており、日本語教師の資格は問われなかったのです。
こうして私の日本語教師としての道がスタートしました。
※上でお話ししたトロと赤身の問題は「言語相対論」ともかかわります。
みなさんは、トロと赤身のどちらがお好きですか?
トロが好きだという方、値段が高いことをご存知だからではないですか?
逆に、赤身が好きだという方、「通だね」と言われたいからではありませんか?
自文化を相対化して、なおかつ自分の意見を主張することは簡単なことではありません。
そして、外国人でも、日本でどのような生活をしているかによって、必要な日本語能力はまったく異なるのです。
(続く)
幸い、学校周辺は大丈夫だったようです。
さて、先日、日本語教師という資格はないという話を書かせていただきました。
現在、文化庁が資格を創設しようと準備しています。
その中で、活動分野として日本国内に「生活者としての外国人」「留学生」「日本語指導が必要な児童生徒等」「就労を希望する在留外国人」「難民等」の5つつが教える対象者として想定されています。
「今!?」というのが、私の正直な感想です。
というのも、わたしと日本語教育との関かわりが、大学院生だったころに留学生からレポートや発表のヘルプを依頼されたことがきっかけだったからです。
もう20年近く前です。
なぜ、日本語教育を専攻していない私に留学生たちが相談に来たか。
それは彼らが抱える問題が日本語ではなかったからです。
一つだけ例をあげます。
ある留学生が「わたしは日本に来てマグロの刺身をはじめて食べました。とても美味しくて驚きました。いろいろな部位があることにも驚きました。私はもちろん赤身が大好きです。」と発表したとき、ある日本人学生が「あなたは<もちろん>の使い方を間違えていますよ」と指摘しました。
私はその日本人学生に言いました。「あなたは日本人の価値観を押し付けていませんか?彼らの国では、肉も魚も脂身が嫌われていることが前提になっているのではありませんか?」と。
そんなことが続いて、わたしは留学生の相談を受けるようになり、そして海外の大学で教えようと思ったのです。
私が応募した大学では、「日本語は韓国人の教授陣が教える。日本人教師は学生に運用させることを旨とする」という役割分担がはっきりできており、日本語教師の資格は問われなかったのです。
こうして私の日本語教師としての道がスタートしました。
※上でお話ししたトロと赤身の問題は「言語相対論」ともかかわります。
みなさんは、トロと赤身のどちらがお好きですか?
トロが好きだという方、値段が高いことをご存知だからではないですか?
逆に、赤身が好きだという方、「通だね」と言われたいからではありませんか?
自文化を相対化して、なおかつ自分の意見を主張することは簡単なことではありません。
そして、外国人でも、日本でどのような生活をしているかによって、必要な日本語能力はまったく異なるのです。
(続く)